福井と品川の商店街を結んだ木ッカケ(後編)

STORY

今回はこの製品の企画販売をはじめ、福井県で林業をベースに木材(間伐材)加工製品、防災、電力事業など多角的に展開していらっしゃる㈱CINQ 代表取締役社長 松下 明弘さんと、薪火の見えるレストランla clareté(ラクラルテ) オーナーシェフ 松下ひかりさんご夫妻へのインタビューを前後編2回に分けてお届けします。

<後編:薪火の見えるレストランla clareté(ラクラルテ) オーナーシェフ 松下ひかりさん>

レストランをはじめたキッカケ

福井県坂井市丸岡町竹田地区の山あいに溶けこむようにして、薪火の見えるレストランla clareté(ラクラルテ) はある。保育園の廃校が決まり、その利活用としてお店は誕生した。“いきなり現れたもの”ではなく元々そこにあったものは、建物でも自然の一部のように景色によく馴染んでいる。

松下保育園の利活用について行政から話があがったとき、私がレストランをやりたいですと手を挙げたんです。実力は何も伴ってなかったですけど気持ちだけは伝えておこうって。

大学卒業後、名古屋で舞台照明の仕事に従事していた松下さんは出産を機に、生まれ育った竹田地区へUターン。子育てをしながら林業で独立した夫の手伝いをしていたところだった。松下さんの純粋な熱意を、周りの人たちも応援してくれてレストランづくりはスタートした。

松下レストランをつくることが決定したのは2014年でしたが、オープンまでは行政の予算制度の都合上、約3年かかりました。改装や、地元の野菜やお肉を使った商品開発など、そこからいろんな活動を経てラクラルテは出来上がったんです。 “レストランをやりたいです”って言った時は、まさかソーセージが看板メニューになるなんて思っていませんでした。

ラクラルテらしい料理の追及

自家製のソーセージは、お店から少し山の方にある大野市で育った荒島ポークという豚を使い作っている。

松下子どもを2人産んで、子どもの口に入れる食べ物の責任感みたいなものを考えるようになりました。スーパーで売っているソーセージ、大丈夫かな…?って。安心できるものがないなら、自分で作ればいいと思って自宅でソーセージを作っていたんですが、それがあれよあれよという間に看板メニューになっていました。

“自分の家族にも安心して食べさせられる料理” “ないものは自分でつくればいい”の精神は、他の料理にも現れている。サラダにのせている生ハムも自家製。店内には2年間熟成して仕上がったものを吊るす「生ハム部屋」もある。安心な食材というだけでなく、納得のいく美味しさに辿り着くまで2年以上かかったそうだ。

松下根にあるのは、体が喜ぶ食べ物とか、自分の家族や子どもに食べさせたい料理を私は作りたい。そうすると、それにトリュフやキャビアが必要なのかと考えると、結局似合わない食材になってきちゃうんですよね。その辺に生えてるミントを使う方が、私らしい。

ある日、フォアグラをメニューにいれて、ここで食事をさせてほしいというお客様がいらっしゃったそうだ。お金はいくらでも払うとも懇願されたがお断りしたという。

松下ここで無理やりフォアグラを食べるっていうことが、お客様にとっても私にとってもまったくメリットがないと思ったんです。いくらお金をいただいたとしても。他のお店で食べていただいたほうが美味しいはずです。

やわらかな口調だが、松下さんの料理に対する強い意志が伝わってくる。

レストランと林業の関係

お店には、薪オーブンが2台あり、地元の薪木を使用した調理がテーマにもなっている。『どんな食材も美味しく仕上げてくれる魔法のオーブン』の燃料となる薪木は、林業を営む夫の明弘さんが切り出している。ヒノキのプレートもそうだ。薪木で調理した料理からはふわりとスモークの香りがして、素朴な色合いの料理に木のプレートはしっくりとくる。料理をいただきながら、竹田の森に包まれているように心地がよい。

松下例えば薪木を使った料理でも、器をパカっとあけたらスモークの煙がバーっとでてくるような演出とか、今風の“映える料理”に走ろうとしないようにしています。奇をてらったことは一切しない。映える料理も個人的には好きなんで、そういうお店に行ったりもしますが、ここでそれをやる必要はないかなと。私1人だったら、こういうスタイルのレストランにはなってなかった。夫が林業をやっていたっていうことありきのスタイルです。色々と提案してくれるので助かってます。

横で夫の明弘さんが「でもぼくはレストランに関しては決定権はないんですよ」と笑った。従来の林業以外の新しい林業の道を模索する明弘さんと、自分らしいレストランを追求するひかりさんは、それぞれの道を歩きつつも、木を通じて気持ちよくリンクしている。

福井県唯一の女性オーナーシェフ

福井県で、女性のオーナーシェフはなんと松下さんひとりなのだそうだ。

松下カフェのオーナーさんだと女性の方もいらっしゃるみたいですが、まさか県内でひとりも女性オーナーシェフがいないとは。はじめて聞いた時にはびっくりしました。それによって、ありがたいことではあるんですが、私の力量に関わらずどうしても注目が集まってしまう。

頻繁に取材を受けつつも“またラクラルテか”と世間に思われているのでないか、と感じたり、有名店のシェフのように華やかな経歴がないことにも、思うことがなかったわけではない。

松下いろんな不安はあります。でも実際にお客様から“お料理が美味しいのは当たり前だけど、スタッフの対応がすごくよかった”みたいなことをたくさん言ってもらえているので、私が戦うステージは、フランスで修行したとか、そういうことじゃないのかなって思って。お客さんに気持ちよく食べてもらうことを考えるようにしています。

お店の入口には『My MIZU(マイミズ)』を取り入れ、誰でもお水をもらうことができるように。国産の木を使ったお箸は、お客様が希望する時だけ提供している。謙虚に、でも自分らしく美味しさと食の安全と環境を追求する松下さんは「ゴ・エ・ミヨ2020・2021」でPOPを受賞。その後「ミシュランガイド北陸 2021 特別版」で、ビブグルマンと、ミシュラングリーンスターを獲得した。ミシュラングリーンスターとは、ミシュランが持続可能なガストロノミー、ひいては持続可能性の高い社会に向けて取り組むシェフやレストランに対して光をあてるためにはじめたシンボルで、まさにラクラルテにぴったりの星。

福井県は共働き率は高いけれども、女性の管理職クラスは少ない。出生率が高いため、子供が2人3人は当たり前。子供が小さいうちは、女性が子育てしながら責任ある役職やお店をもつことが難しい現状があるようだ。

松下うちも夜は完全予約制にしていて、予約のない日は普通に家で夕ご飯の準備しています。子供の卒業式にはお休みしちゃいますし。お店をはじめた頃は、まだ子供が小さかったので両立が難しいことも多々ありましたが、そもそも自分の子どもが食べて喜ぶものを提供したいと思ってはじめたのに自分の子どもがカップラーメンすすっているような状況はね、違うだろうと思って(笑)その辺はバランスをとるようにしています。

仕事をしながらだと、放置しなければいけない場面もあるし、自分の家なりの子育てとしてとらえてきた。ありがたいことに子どもは、親が忙しくしている背中を見てくれていたからか、ほぼ反抗期もなかったそうだ。

ここにくる理由

店名の「ラクラルテ」とは、フランス語で光を意味する。お店のある竹田地区は、人口400人で60歳以上のお年寄りが60%という、いわば限界集落にちかい地域。竹田の地の新しい光になりたいという気持ちで、店名をつけたそうだ。

松下シニア向けを狙ったわけではなかったんですが、ランチのお客さんの平均年齢は60代。あとは、県外からいらっしゃる方が多いんです。亡くなった親が竹田の出身で、ここに来る理由が欲しかったというお客様もいらっしゃいました。レストランができてようやく竹田を訪れるきっかけができたって。

松下さんの料理と居心地のよいお店の雰囲気は、お年寄りでも安心して食事を楽しむことができる。この空間で親しい人たちと温かい時間を過ごしたいと、ウェディングの相談も多いそうだ。

松下ウェディングについてはSNSでしか宣伝していないのですが、口コミでじわじわと広がっているみたいで。事前にお食事にいらっしゃって、お会計の際に「実はレストランウェディングを考えていて」とお声かけ頂くこともありました。

また、元保育園だったこともあり、卒園生が自分の子供を 連れて訪れたこともあるそう。

子どもにもお年寄りにも、環境にもやさしいラクラルテ。松下さんがつくる、強くやさしい料理と空間は、その名のとおり街の優しい光となり、竹田に新しい出会いを集めている。

聞き手:榎田陽子(品川区商店街連合会)
語り手:松下ひかりさん
書き手:中野杏子

前編はこちら>福井と品川の商店街を結んだ木ッカケ(前編)