福井と品川の商店街を結んだ木ッカケ(前編)

STORY

ぬくもりのある什器がほしい、あたりまえじゃない目を惹く什器が・・・。

4年前、そんな思いで私たち商店街が主催するマルシェ用の什器を探していたとき
偶然たどりついた、スギの間伐材製の什器“FRAME

今回はこの製品の企画販売をはじめ、福井県で林業をベースに木材(間伐材)加工製品、防災、電力事業など多角的に展開していらっしゃる㈱CINQ 代表取締役社長 松下 明弘さんと、薪火の見えるレストランla clareté(ラクラルテ) オーナーシェフ 松下ひかりさんご夫妻へのインタビューを前後編2回に分けてお届けします。

<前編:(株)CINQ代表取締役社長 松下 明弘さん>

目次

林業をはじめたキッカケ-舞台美術の世界から林業へ-
薪を売ったキッカケ -林業の課題と独立-
FRAMEの誕生 - プロダクトチーム結成 -
林業から離れて林業を守る - 防災・電力事業への取り組み-
経営者として次世代への思い - 林業は手段のひとつ -

林業をはじめたキッカケ-舞台美術の世界から林業へ-

2023年3月、まだ雪の残る福井県坂井市丸岡町竹田の山で、松下さんとお会いしました。

松下結婚当初は林業に進むつもりはなくて、僕は舞台美術や音響の仕事をしていたんです。

ご自身でライブハウスを作ることを夢見て舞台関係の会社に入社。下積みからはじめて2年目には念願の音響の仕事にも関われ、さまざまな経験ができ、仕事自体はとても楽しかったそう。妻のひかりさんともそこで出会えました。

松下社内恋愛でした、妻は上司だったんです。

充実はしていても、仕事は激務で結婚直後もほぼ家に帰れない日々。そんな時、義理のお義父さんに誘われ、林業の世界へ足を踏み入れました。

松下林業って、やりようによって環境保全もできるし環境破壊にもつながってしまう、そういう重要な仕事だとすごく感じました。徹夜つづきの日々から、急に昼の仕事になったんですが、毎日ちゃんとお昼ご飯食べられるし、いい仕事だなぁとも思いました(笑)。

薪を売ったキッカケ -林業の課題と独立-

2007年からお義父さんの元で林業に従事。現場でも営業でも修行を重ねて、2012年に独立。でも、それは林業の現実と向き合う日々のはじまりでもありました。

東京だけでなく、福井県でも林業1本で食べている会社は今は少ないのだそうです。

松下今の林業の仕組みでは、森林整備の施工単価の決定権は国と森林組合が握っているんです。つまり、補助金の額により請負単価が決まります。仮にコストが上がっても価格に転化できない状態。これだと、いわゆる従来の林業、ただ木を切って売るだけではダメだなと。リスクの高い産業なので、収益の柱となるものを複数もっていないと、生き残っていけないと独立の時から感じていました。なので、あえて社名に林業やグリーンという文字を入れなかったんです。つけると、従来の仕事に縛られて新しいことができなくなる気がして。

そこでまず、販売価格を自社で決定できるものをつくろうと、木に付加価値をつけて商品を販売することに。最初に松下さんが挑戦したのが「薪」でした。

松下最初は地元のフリーマーケットで販売したんですが、値段をめちゃくちゃ安くしちゃったんですよね。売れなかったらどうしようって。

『消費者に直接販売する』という初めての経験は未知でしたけれど、現状維持ではもうまずい、という危機感から行動したと、松下さん。今ではネット販売もしています。

飲食店やキャンプ需要、暖炉を自宅でもっている常連客など、薪は今、需要が増えているそうです。そして松下さんのように薪を販売する競合も増えてきたそう。

松下薪も、ただ安ければいいという訳じゃないんです。使う人の気持ちをどこまで想像できるかです。

松下さんの販売する薪は、包みを開けた時から他社の薪と違います。

キャンプファイヤーなどで使う時と同じように、すでに薪を組んだ状態で梱包しているそうです。薪に慣れていない初心者でも使いやすいように。そして最近のキャンプブームでは、焚き火台で綺麗に組まれた薪の雰囲気をおしゃれとして楽しむ傾向にあるので、綺麗にサイズを揃えた薪に。この「木づかい」が、さらなる付加価値を産んでいます。

FRAMEの誕生 - プロダクトチーム結成 -

薪の販売がスタートして3年目。松下さんご自身は忙しくなってはきたものの、まだ社内では「林業は現場がすべて」の考え方が主流だったので、会社では社員にだまってやっていたそうです。

松下本格的に木の付加価値を事業とする基盤を作ろうと思いました。マーケット分析や商品開発を模索する中で、最初に行きついたのが知育玩具だったんです。協力者を探していたところ、鯖江の‟ろくろ舎“さんと出会い、そこから地域特化型クリエイティブカンパニー‟TSUGI”さん、そして東京のデザインユニットMUTEさんが加わってプロジェクトチームが出来ました。

チームで話し会う中で、いつしかメインテーマが福井県産材をつかったお土産を作ること、それも使う木は、福井県の林業の9割以上を占めるスギの木の間伐材を使ってというものに変化していきました。

…こうして誕生したのが「FRAME」でした。

以前から木自体の付加価値をあげるだけでなく、社員が怪我をして現場で働けなくなったり、天候不良で山にでられなくても安心して働けるよう給与補償にもなる仕事も欲しかったという松下さん。FRAMEの誕生はこうした点でも効果をあげたようです。

松下平成30年、大雪の時に家からでるのもやっとの状況に。周りの業者さんは全部仕事がストップしていましたが、うちは「FRAME」の梱包作業などで職人さんの仕事を絶やさないでいられました。これだけでも「FRAME」を開発した意義はあったなと思います。

林業から離れて林業を守る - 防災・電力事業への取り組み-

松下そもそも企業の存在意義って「社会に空いた穴を埋めること」だと思っていて、木材から離れたところでどうしたら経済面で林業を成り立たせられるのかをずっと考えていたんです。

「なんのために林業という産業や森があるのか」をつきつめると、住環境整備のため。ならば、森林整備は被災リスクを下げるのでは?と想定し、そこを可視化できないかな、と防災を事業化しようとしたそう。

松下木が倒れたり、土砂災害があったときに最初に駆け付けるのは私たち林業従事者であろうという仮説を立てて、防災地図アプリをつくったりしていました。さらにyahoo!主催の防災コンペが縁で知り合ったLINEの方から保険会社を紹介されて、一緒に「防災森林保険」という商品を考案したりしました。

残念ながら法律の関係で実現はしなかったそうですが、その後、松下さんは電力事業にも進出します。

松下電力を売ったお金を若手漁師の育成資金にあてている「フィッシャーマン電力」を知って、これは林業にも展開できる!と思い、「フォレスター電力」事業をはじめました。

創設直後に燃料が高騰し、なかなか電力供給できなかったそうですが、ようやく再開の目途が立ち、この話に共鳴して加入してくれる方は横浜、岐阜、北海道など県外を中心に増えてきているそうです。

経営者として次世代への思い - 林業は手段のひとつ -

林業をなんとかするっていうのを自分のライフワークのメインにしてるんですか?

松下林業は手段の一つとしてとらえています。防災をはじめた時に「豊かな山林と安心して暮らせる社会を次世代に残す」を企業理念に入れたんです。この理念に沿って、林業をこうします、山をこうしていきます、人をこう育てます、ていう計画を軸に組み立てていこうと。10年前と比べると環境やエシカルな取り組みに関する世間のリテラシーが上がり、林業の重要さへの共感者が増えてきてくれました。 けれども、世の中のリテラシーが上がっているのに関わらず、実際に林業に携わっている人にエシカルな話をしても響きづらいのが現状なんです。

家業や縁故もなく、まっさらな状況で林業を志してくる人の方がむしろ環境に対するリテラシーが高い。なのに、林業の古い体質に排除されたり、経済的に行き詰まって本来の才能が発揮できずに去っていってしまうことも少なくないそう。

松下もっと林業にいろんな人が集まってくるようにしたいし、変に固定概念のない人を育てたいです。林業だけでなんとかするんじゃなく、いろんなアイデアや多様な業界と恊働することによって、林業の価値は上がっていくんじゃないかと思います。

一生懸命働いて、社会のためになっている仕事の人こそいい生活ができる世の中にしたい。林業もそういう、もっと認められていい仕事のひとつだと思っています。

林業と経済をつなげながら、社会課題を解決していく。

すぐには変わらない現実がある一方、松下さんは、柔軟な発想と広い視野で挑戦を続けていらっしゃる方でした。

今回FRAMEが私たちのキッカケを作ってくれたように、これからも松下さんのアイデアは、新しい可能性をみせてくれるキッカケになるのではないかと今から楽しみです。

聞き手:榎田陽子(品川区商店街連合会)
語り手:松下明弘さん
書き手:中野杏子

後編はこちら>福井と品川の商店街を結んだ木ッカケ(後編)